Revival

色々こじらせたアラサー女だけど頑張ってるんだよ

誰かの為に生きたかった。

先日、私は自分の人生でさえも主役になれないんだな、と思う出来事があった。

それ自体は凄く些細なことで、気分が滅入っていたせいでもあるのだろうけど、ただ今までぼんやりと思っていたことがはっきりと浮き彫りになった瞬間だった。


昔から、そして今も、私の周りには魅力のある人物が多い。

絵が上手でそれを職業とした人。

気立てが良くて幸せな家庭を築いている人。

音楽をやり続けデビューした人。

人の気持ちに敏感でよく気がつく人。

お金持ちになりたくて経営者になった人。

綺麗な顔立ちを生かし芸能活動をしている人。

挙げればきりがないほど、私の周りには内外問わず魅力がある人ばかりだった。

もちろんそれは一朝一夕で達成したものではなく、全て本人の努力によるものなのは間違いない。

ただ、そんな素晴らしい人たちの中で、私は一体何ができているのだろう、とふと考える。


自分の長所を考えると、私には何も浮かばない。

駄目なところならたくさん思いつく。

これといった特技もなく、人付き合いも苦手で、常識が欠落していて、だらしなくて、見た目も平凡で、人の気持ちに鈍感で、流されやすい。

短所は長所だともいうが、私の短所はどう上手に言い換えたって長所に変わりそうもない。

どうしてこんなに魅力がないのかというと、きっと私が空っぽだからだろう。

何も上手くできない。人に迷惑しかかけてない。

「どうしてそんなふうなの」って、何度も言われた。

どうしてちゃんとできないのか、私にもわからない。

一つ一つの行動に考えが及ばない。だからすぐに間違える。人に迷惑をかける。

気を付けたいのに、考えることが下手すぎて、考えるべきところを知らなくて、気持ちだけはあるのにまた間違える。

私の家族、友人のことは信じていたいけど、私といたいと思ってくれているからいてくれるのだろうと信じていたいけど、じゃあ私はその人たちに何を返せているのか。


思えば私は色んな人に迷惑ばかりかけてきた。今もかけ続けている。

気を悪くされたことは一度や二度ではないだろう。怒られたことも一度や二度ではない。

こんな私と今でも付き合いを続けてくれている人たちには頭が上がらない。

途中で去って行った人たちもたくさんいた。というよりも、それが大半だった。

私は人が恋しい。傷つくのも傷つけるのも怖くて一人でいたいのに、一人は寂しい。

この歳になるまで色々な人と出会った。根気よく私と付き合ってくれている人は何とか片手では足りないほどの人数となった。両手だと少し余ってしまうが。

こんな私でも大切に思ってくれているであろう人たちのためにも、私は私を認めたい。

でも私はまだそれをできそうにない。私自身を否定することはその人たちに失礼だとわかっていても、私は私でいいんだよ、頑張れているよ、と言ってあげられない。

努力が足りなかったんだろうな、と思う。私の周りにいる人たちみたいに、きちんと全うに努力することができなかった。考える力も伝える力も養えなかった。

それらを怠ってきたのは私の責任で、今私に何も残らなかったのは自業自得であると思う。

これから先の人生、私はこの両手を埋める自信がない。まだまだ色々な人と出会うだろうし、今出会ったばかりの人でもできればこの両手に収めたいと思っている人がいる。

でも私には、無理かもしれない。


私なりに大事な人たちを大事にしていた。でもあくまでそれは私基準の"大事"なだけで、世間一般からすれば全く大事にできていなかったんだろうと思う。

私のこの薄っぺらい"大事"で誰が喜んでくれるのか。きっと私の気持ちは届かずに埋もれてしまう。

冒頭で触れたとても些細な、でも私に現実を自覚させた出来事はまさにそういうことなんだろうな、と思った。

きちんと大事にできた人だけが貰えるものもある。ただそれだけの当たり前のことだ。

私なりの"大事"では世間に認めてもらえなかったという、ただそれだけのこと。

きっとこれの元となった出来事はこんなに大袈裟な話ではない。でも私はその時確かに気付いてしまった。

まともに大事に扱えないのにレスポンスだけもらおうだなんて、大事にしてもらおうだなんておこがましい話なのだ。

私は誰にとってもただの他人でしかない。漠然と、でも痛感してしまった。


ふと元彼のことまで思い出してしまった。

彼は私のことを彼なりに大事にしていてくれたけど、彼の"大事"は世間には、私には通用しなかった。

それが彼の"大事"であることは重々承知した上で、だけどこういうやり方では私の"大事"を返すことはできないな、と思った。

それがいざ世間に目を向けてみると、私の"大事"でさえも間違っていた。

いや、間違っていたとまでは思いたくはない。ただ、あまりにも浅かった。

何かを大事にするということは、考えることも、やることもたくさんあるのだ。私はそこまで至ることができていなかった。


結局私は自分自身の魅力もない上に、誰かをきちんと大事にすることもできない。

魅力はなくて、返してもらえるものもない。

そんな私が主人公になれるはずもなかったのだ。

自分を思うことも、誰かを思うことも満足にできない私の存在価値なんてどれほどちっぽけなものか。


本当は、特別になりたかった。私はかけがえのない一人で、私にとっても、誰かにとっても特別になりたかった。

いや、本当はそうなれているはずなのだ。だから私と一緒にいてくれる人たちがいる。

だけど私には自信がない。誰かにとってかけがえのない一人でいることに、心がついていけない。信じきることができない。

だってこんなに何も出来ないのに。何の魅力もないのに。

いつか見限られるんじゃないかと、本当はいつも怯えている。

何か間違いを犯すたびに心が冷える。未だに間違いを犯してばかりの自分が、そもそもどうかとも思う。

何かを断ることも凄く怖い。それを受けることが唯一の私の価値のような気がしてしまうからだ。

今まさに代理出勤を断るラインを打ちながらこれを書いている。

吐きそうになりながら、断りきれず結局出勤を増やしてしまった。

さらに私の自信を潰したこの仕事についてもまた吐き出したいと思う。


とにかく私はこれ以上間違えないように、気を悪くされないように、ひたすら周りを伺い続けていくことしかできない。

そうしてでさえも、やらかしてしまうことがあるのだから。

何一ついいところを見つけられない私だから、そんなどうしようもない自分が少しでも露呈しないように生きていくしかない。

私は私の人生でさえモブなのだ。

輝く誰かに憧れていながら、陰で自分を出さずに生きていくような人生しか送れそうもない。

自分を認めて、誰かに認めてもらえる日は来るのだろうか。

いや、きっと私の場合、誰かに認められることによってようやく自分を認められるような気がする。

認めてもらえることが自信になる。でも自信がないから認めてもらえない。

この堂々巡りの終着点はどこにあるのだろう。

寂しくて仕方がない。

現実なんて直視するものではないな、と改めて思った。